【すばらしいアフリカ紀行①】アフリカ人は飛行機の中で粥食って、下にボタボタこぼす

エチオピアでカメルーン行きの飛行機に乗り換える。

2016年11月現在日本からカメルーン行きの直行便はないので、安く行こうとすればエチオピア航空かトルコ航空で行くのがいいみたいだ。

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高く行く人は、エールフランスでパリを経由していく。誰が高く行くんだ?まあ、帰りにパリに寄って買い物したい人ですよ。そういう人はそもそもカメルーンには行かない。

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エチオピアの空港の待ち合いは、いろんな人種がいて面白かった。東洋系では中国人だなあ、というのが多くて、東南アジアの割りと優しい顔つきの人たちも数人いる。インド系の人たちは、仕事でいくのか胸に「ドクター」ってプレートを下げた人たちの集団がいる。この人たちは国際協力の一環なのか、ガボンに行く。

アフリカ系も多い。ちょろっとカメラで撮ったけど、あんまり大げさにカメラを向けるのは嫌なので、後ろから人の頭を撮る。女の人は、だいたい三つ編っていうの?細かい手仕事で時間をかけて編み上げた髪型の人が多い。金髪と黒髪とを交互に混ぜて、なんだか工事現場のトラロープみたいな人もいる。ジャングルに行けば、よくこういう蛇がいるんじゃないかっていう仕上がりだけど、時間をかけて編んだのは間違いない。男はシンプルで、ゾリッとスキンヘッド。まあどこの世界でも男はおしゃれはしませんね。

(写真=エチオピアの空港から夜明け。最近は中国人の進出がすさまじいと池上さんが解説してたって)

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ようやく、ここになってフランス語が聞こえてきた。一応世界どこに行っても「英語使っておけばたいがいいいだろう」ってことになってるけど、西アフリカの方に行くと「普通に英語は使っていない」。フランス語が公用語の国が多いので、外国人だろうがなんだろうが、コミュニケーションとるのはフランス語だ。だから英語一本で旅行をしようとする人は、英語が通じるルートでのみ旅をすることになる。これは結構もったいない話だと思いますよ。まあどこへ行くのでもそうだけど。

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メキシコにバックパックで行った時に、アメリカから入った瞬間、英語がまーったく通じない世界に来てびっくりしたわ。国境の事務官もスペイン語しか使わないので、スタンプ押した押さないとか大したことないことで通じなくて、苦労してまあ面白かった。中米から南米に行く時には、やっぱりスペイン語ができた方がもっと楽しいんじゃないかな―と思う。なので、まだ南米は次に取っておいてまだ行かないままでいる。

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少し遅れて飛行機に乗る。すでに早めに乗った乗客たちがくつろいでいる。自分のシートに行くと、そこにはすでに若いお母さんが座っていて、2歳くらいの男の子にお粥みたいなものを食べさせている。

「あのー。そこ俺の席なんすけど…。」

お母さんは席を譲る様子が全くなく、あ、悪いですねー、という様子も全くない。
始まったよ。アフリカ、始まった。

アフリカはこういうことばかりなので、気にもならないけど、前回の帰国から日本に1年住んでいて、最近では日本に慣れてきたので、久しぶりにしみじみと、「うーん。アフリカ始まったなあ。」と感慨を覚えたのだった。

フライト前だというのに、子どもの口の周りがお粥でべっとり食事まっただ中という体で、この短時間でだいぶ展開してるなーという感じがする。結局お母さんと、お粥の男の子、それと3歳のお姉ちゃんの家族連れ。小さい子は膝の上にのせるはずの2人分で3席占拠していたのだった。わたくしも1席分けてもらい、ようやく座ることができた(もともと俺の席だ)。

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この家族が気になって、ちょっと観察する。

自分の隣にいる3歳の女の子はやんちゃな子だ。なにかお菓子を食べたり、飲んだりしては、床にがんがん捨てている。それを横目でみながら、「あー、はいはい。アフリカ人はゴミを道にガンガン捨てるから、これもまたアフリカだなあ」と思う。

ちょうど配られたスナック菓子を自分も食べて、その空き袋を見る。「アフリカ人だったら床に捨てるんだろうけど、自分は日本人だからちゃんと片付けるのだ」と思い、袋をたたんで前の座席の荷物をはさむ部分に差し込んで入れて片付けたつもりになった。そんで、「あれ?なんかおかしくないか?」と思った。

自分はスナックの空き袋を、ちゃんと片付けたと思ったのだが、実はそれは「小さく丸めて、目の届かないところに隠す」ことを意味していたのだった。アフリカ人が、ゴミを道に捨てることがいいことか悪いことかは知らないけど(個人的には、どちらでもいい)、それと比べて日本人が「優れている」とする根拠に「きちんとゴミを片付ける」とか「きちんと物事をオペレートする」というのは、実は、目の前の不快なことを、目の前からどこか目の届かないところに除けておく、ことと同じだったのだ。

たとえば、原発が危ないということは、目の届かないところに除けておいたのだし、企業ぐるみの不正は、みんなで目の届かないところに除けておいたのだし、長いこと差別される人はなかったことにされたり、差別されてきたりした。

そのことがいいことか悪いことかは知らないけど、個人的にはあんまり良くないんじゃないかと思う。

そして、アフリカ。

そこには、たぶん俺たちが目の届かないところに除けておいた何かがあって、それは俺たちが馬鹿にして価値観を認めてこなかった、別の価値体系があるんじゃないか。

っていうことを、第一シリーズ(前回)の「青年海外協力隊」での滞在を通して、強く思った。

このお母さんは、3歳の娘がゴミを下に捨てるのをまーったく意に介していない様子で、「こら片付けなさい」ともなんとも言わなかった。日本で、小さな子ども2人を飛行機に乗せる自信があるお母さんはどれだけいるだろう。「騒いだらいやだなー」「手がかかるなー」「お父さんいないからなー」。子どもが公共の場所で騒いだりしたら、恥ずかしくて困っていやだ、という価値観は、子育てお母さんをますます追いつめる。

子育てしやすい社会は政治のシステムをよくすることでのみ達成されるだろうか。自分は、そういうことでもない気がする。

そういうきっかけを今回のアフリカ紀行で見つけていけるといいなあと思う。

テレビで見たり、ネットの情報で知ったりする、また違う角度で世の中を理解するために、現場から発信していきたいと思います。なにか新しくて面白いことが明らかになるのかならないのか、このブログを読むみなさん、放送を見るみなさんと一緒に発見していければいいなと思っております。

【アフリカ紀行②】立ちションすると川になって足元に戻る

(写真=カメルーン出身で、タンザニアに住むお母さんと子どもたち。

一足早いクリスマス休みだそうですが、一か月前から休みどんだけー!?)

コジキに会えば金をやり 会わなければ金をやらない協力隊

青年海外協力隊的あるある 1年して絶望で寝込む

 →青年海外協力隊的あるある 1年6ヶ月 アンテナ立て国際放送見る

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青年海外協力隊の体験を小学生に説明する

*初出:2016年11月26日

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