青年海外協力隊的あるある・1年4ヶ月 国歌が好きって言えない日本

町はクリスマスモード。

ってこともない。イスラム教の町だ。

市場の露店では、手足の稼働しないバービー人形とかミニカーとかが並ぶようになって、夕方になると物売りから帰るこどもたちが鼻たらしながらじーっと見つめている。

まあ変化といえばそんだけのもんだ。

昭和だ。

去年の今ごろもおんなじ光景が見られた。今年はバービー人形のサイズが去年よりも大きいような気もするけど、そういうちょっとずつの変わり様の実感が積み重なって、この国の人たちは「おれたち発展してるぜ」って思ってるんだと思う。

乾季になって、今まで塀のなかった小学校に塀が作られるようになったりとか、建物が新しく発色のいいペンキに塗り替えられたりもしている。

そういうことに日々囲まれていると、自分もこの町の変化を実感することができる。

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この国の平和と発展の象徴は、30年間国家元首としてあるビヤ大統領とか、行政イベントでことあるごとに歌われる「国歌」とか「国旗」に集約されている。

そういう象徴的なものを戴くことは、270もの部族に分かれたこの国が「近代国家」として共同幻想を抱くために必要なことであった。

割とみんなが、暗黙のうちに「これがカメルーンっていう国であるなあ」と共通の意識を持っているように見える。

この間の選挙ばなしでも、「政権与党に投票すんのは当たり前だろ」っていう空気がこの国で支配的な考え方なんだなって感じた。

それらことは、国家建設事業として「うまくやったなあ」って感じる。見習うとか見習わないとかは別にして。それがこの国の特性なんだろうな。

日本について思う。

個人的には、もしイベントで「国歌」を歌わなかったら罰せられるんだったとしたら、そりゃあそんな窮屈なのはちょっとヤだ。

っていうのは、日本の国歌は、別段イケてないとも思わないけど、僕らが共通して思いを込められるような歌というふうには自信が持てないから。

国旗については、なんとなく「日の丸」はいいように感じる。

っていうのは、デザインとしてわかりやすいから。おれたちが外国で活動していて、この国の人に「日の丸」を見せたとして、「どう?この国旗って、日本。」っては、言いやすい。

これは単にデザインがわかりやすくていいじゃん、っていうことで、「君が代」を歌って「どう?これが日本の歌。」とは言いにくい。

そんだけのもんだ。

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協力隊の、派遣前の日本での訓練は70日間あった。

毎朝、世界各国の国旗が日替わりで掲揚されて、その国の国歌が流れる。視野が広くていいことだなって思った。訓練最終日の70日目の朝は、「日の丸」が掲揚されて、「君が代」が歌われた。

日本を発ってどこか辺境の海外に旅立っていくっていう門出の日だ。

まあそれは泣きますわな。

僕は日本の豊かな山河が美しいと思っているし、日本固有のカルチャーもかわいらしくて大好きだって、思う。その日本を離れて旅立つのだと思うと、訓練の終わる2,3日前から、なにかにつけて泣けて泣けて、涙が止まらなかった。

最終日の「君が代」も「日の丸」も、そういうのを象徴していた。

だけど、それは僕個人の体験であって、日本人が共通に持つ体験とかとは、ちょっと違うんじゃないか。

そういうの体験的合意ができてないものを押しつけられたら、個人的には、「ちょっとヤだなあ」って思うってことだ。

変なこというと、山田耕筰の「この道」あたりが国家だったら、自分はしっくりくる。日本人の慣れ親しんだ抒情的なメロディと、日本の情景が歌われてるっていうことで、「国民的な総和として親近感がある」ってそんだけのもんだけど。

なにごとも物事は、理屈でなくって、体感覚で動く。

そんだけのもんだけど。

休暇で登山したカメルーン山(4095m)カメルーンの国旗と共に

*初出:2014年12月19日(金)

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