新緑の候となって、東京の山梨寄り寄りの多摩、にモノレールで通って行くのも気持ちいい季節になっておりますw
この間「多摩センター」モノレール駅に、小学生の集団がどかどか駆け込んできて、「この電車で合ってる?合ってる?」って会話してるのに遭遇。うちの学校の隣には多摩動物公園があるんで、課外活動で行くんだろうな。ホームのどっち側の電車に乗ったらいいのかって焦ってるけど、どうするかなーと見てる。
と、6年生くらいの男の子がスマホ出して、なんかアプリ見て「みんなー大丈夫だよー」「こっちで合ってるって!」とか言う。
ほうほう。6年生にもなると男子がクラスのリーダーシップとると。
見てると、数人の男子が、やっぱりスマホを見て「合ってる合ってる」「この電車でオッケーだ」みたいに言ってクラスのリーダー部を形成し、女子チームは割とリードされる側だ。
そういう見方だと素直に解釈できるんだけど、なんかこの光景に違和感があった。それは、男子がスマホを持っており、女子はスマホを持っていない、ということだ。
携帯は男女の別もないコミュニケーションのツールだし、そもそも、女子の方が自明におしゃべりが好きなんじゃないの、と思う。だから友達といつまでもおしゃべりしたいはずの年頃の女子が携帯を持ってないのが、おかしいんじゃないのか。
■■■コミュニケーション好きな女子、リサーチ好きな男子
その昔に、男子と女子の電話の通話を調べたデータがあった。
NTT広報部の調査(1987)では、小学生の通話時間は、男子が2.7分に対して女子が4.8分と女子の方が長電話する。福武書店教育研究所の調査(1989)でも同様の傾向で、週当たり数回以上の電話するのが男子69.1%に対して女子76.8%と男女の差が明らかになっている。
その傾向は、中学生になって女子が先行して長電話化し、高校になって男子が追っかけて長電話化が始まることへとつながっていくわけだが、そういった女子の電話好きは、すでに小学校高学年からスタートしていると言える。
これが30年前の話で、最近では「通話時間そのもの」のデータがあまり見られない。たとえばスマホ使用率(例としてデジタル・アーツ 2016 では、男子59.2%、女子61.2%と、あまり差がない)の調査などはあるけど、通話時間の調査がなかなかない。
そうか。子どもがいる家庭は当たり前かもしれないけど、今さらだけど、
「携帯は、通話するという役割をすでに終えた」
と言ってしまっていいのかもしれない。日本ではガラケー携帯からスマホにシフトした時に、それまで携帯を主として電話として使ってきた大人は「ははぁ、これはネットもできる携帯電話だ」と思った。会社勤めをしていて今もデスクに固定電話がある人は、さらにその傾向は強いと思う。ところが、スマホから使い始めた人にとっては、そもそもスマホを通話する道具だとは思ってない。当たり前だけど。
ちょうど2年前に大学院に入って、大学を出たばかりの22歳ぐらいの人たちと、同級生になってLineでつながった。Lineは通話機能があるから、自分は素直な気持ちで同級生に「英語の購読の授業どうしようかー」とか相談するつもりで通話をかけたら、「なに電話してくんの!?」みたいに怒られて、びっくりコキまろカレーになったことを覚えている。そうか、用件があって電話をしちゃいけなかったのか。
自分はそれまで2年半、カメルーンとチュニジアとモーリタニアにいたので、久しぶりに日本に帰ってきて、この瞬間に
「日本では、電話する習慣がなくなっていた!」
と悟ったのだった(友達と電話するのはあるらしい)。
モノレールの小学生にとっては、スマホはアプリでリサーチするための道具だった。10代にとってはもしかして「スマホで電話するなんて考えたこともない」のかもしれない。我々大人は、スマホでリサーチもするけど、それと同じようにまだ当たり前に、電話で通話もするもんだと思ってる。
同じ物を見ているようでも、世代や人によって全く別の認識をする。メディアは環境になってしまう性質があり、一度受け入れるとその先メディアと自分との距離をあまり変えようとしない。しかし時が経つとメディアは社会的に受容のされ方が変わり、そして悲劇的に先行世代はそれが変わったことに気がつかない。
このことはメディア全般に言える。
■■■新しい通話のカタチ
そもそも姿の見えていない相手から、好きな時間に電話で呼び出されること自体が、普遍的なコミュニケーションとも言えない。さらに携帯の時代になり、どこにいても仕事させられるという不健康な事態にもなっていたので、そういう習慣が消えていくとしても、不思議ではないと思ったりする。
媒体も変わり、たぶんこの先も新しい通話の形が出てくるんじゃないか。冒頭のモノレールの中でスマホを持っていなかった小学校高学年女子は、もう少し大きくなって、通話コミュニケーションへの欲求を、ツイキャスやLine Liveによって果たすようになるだろう。
この前も喫茶店で仕事をしてる時に、奥の若者がずーっとスカイプ通話をしながらPC作業をしていた。自分にとっては、彼がしゃべり続けるのがうるさくてブチ切れそうになったのだが、彼にとっては「仕事仲間と常時接続して話しながら作業する」新しい通話の形態と言える。
喫茶店の中での電話がマナー違反、迷惑行為になるかというと、実はそうでもなく、ただ慣れない新しい現象だってだけだ。むしろ自分のブチ切れの原因は、喫茶店で電話するマナーにあるのではなく、話している内容にあった。「ニューヨークに出品された○○がww~」「あの作家はもっと評価されていいと思いますよ~w」などという、大変イキりまくったものだったのだ。昔から電話の機能としてある「用件を伝える」「友人とおしゃべりする」役割はもはや今の時代に縮小化し、
「周りで聞いてる人へ意識高い系をアピールする」機能
が前景化していくような気もする。オフィスでない場所で「周りに格好よさげに見せるアピ通話」または「鼻息荒いイキり通話」は、この先も多く観察しそうなので、都会では喫茶店に行きにくい時代になるな。